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2013年2月12日 (火)

【歩くメディア】"明治維新なるモノ"を解き明かせ!1

今日は2月12日。
関東はどんよりとした曇り空。

昨夜、旅営業から戻りました。

13 出かけるときに新幹線から眺めた富士山。

唱歌の"ふじの山"のとおり!

〜頭を雲の上に出し、四方の山を見下ろして〜

きれいでしたconfident

いつも、帰りの荷物が重くなる。
現地でいろんなモノを調達したり、頂き物をしたり…。9

関東を離れると、日本はまだまだ人間が住める場所はたくさんあるように思える。
どうして、フクシマの子供たちとその家族を共同体ごと移住させることが出来ないのか?
妄想発狂女が叫んだところで、始まらない。

なんせ、

原住民主権などあるはずもなく、

民主主義とは幻想。

要は、米帝のプランテーション。

それでも、発災直後に、この"国モドキ"のトップが、良い意味で暴走して、
"国家非常事態宣言"でも出して、真っ青になって、ことに当たっていれば、
今頃、全く違う島国になっていたかも?・・・ね!

考えても詮無きことだが、こともあろうが、米帝に騙されて、壊国経済兵器"TPP"を持ち込み、311の大震災を自分のパフォーマンスに利用し、多くの国民を被曝させ、殺傷した張本人が、未だに、"脱原発"のシンボルで居続けている、お寒い国・・・。

誠に、おめでたい、自虐的な国民が多く住んでいるこの島。

クレイジー・アイランド日本。

何とかしましょうよ〜 (T_T)

鍵は、"明治維新"にあると、妄想発狂女は思っています・・・ (^^;)

:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:

さて、旅営業で演奏した、日本の歌"早春賦"。

ちょうど100年前の、大正2年に発表された歌であるが、江戸期の浮世絵のような、鮮明な景色が浮かび上がる、吉丸一昌の詩に、モーツアルトをこよなく尊敬していたであろう、中田章が曲をつけている。

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か

私は、この島の江戸時代とは、十分に調和のとれた"自立と共生"の社会であったと確信しているのだけれど…。

            

新たな市場獲得を使命に、幕末にやって来た、欧米のスパイ商人やスパイ外交官らは、この極東、島国ジパングの自分たちが滅ぼすことになる"江戸文明"に驚嘆し、イシンをさせることに逡巡しているのですよ!!!

皆さん、凄いことを告白している!

ご覧あれ!!!

*渡辺京二著「逝きし世の面影」より

リュードルフ(Fr.Aug.Luhdorf 生没不詳) プロシア商船 積荷上乗人 

1855年安政2 下田来航時

"日本人は宿命的第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜きとったとおなじで、やがては全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう。そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうであろう

ハリス(Townsend Harris 1804 - 78) 初代駐日本米帝合衆国弁理公使

1856年安政3 9月4日 

”厳粛な反省ー変化の前兆ー疑いもなく新しい時代が始まる。あえて問う。日本の真の幸福となるだろうか

ヒュースケン(Henry Heusken 1832 - 61) ハリス付き通訳 

1857年安政4 12月7日 1年2ヶ月の観察の後

 "いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思えてならない。

カッテンディーケ(H.van Kattendijke 1816 - 66) 長崎海軍伝習所教育隊長 

1859年安政6 帰国に際し

"私は心の中でどうか今一度ここに来て、この美しい国を見る幸運にめぐりあいたいものだとひそかに希った。しかし同時に私はまた、日本はこれまで実に幸福に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった"

ポンペ(Pompe vav Meedervolt 1829 - 1908)                         カッテンディーケのオランダ海軍教育隊付の医師

日本に対する開国の強要は、十分に調和のとれた政治が行われ国民も満足している国に割り込んで、 "社会組織と国家組織との相互関係を一挙に打ち壊すような" 行為に見えた。 彼は、教育隊の帰国後も1862年文久2まで長崎にとどまり、開国後の日本人の堕落をその身で経験し、かつ嘆いた人物。

"ファンタジー&パロディ狂国日本"の教育システムで習う、売国官僚たちが書いた1%の都合の良い"明治イシン"ではなく、今こそ、"自立と共生"の社会を壊滅させた"明治イシン"とは何だったのか?

欧米のスパイたちが残した言葉を噛みしめ、その意味を見極めて、

1%が仕掛ける、次なる壊国"平成イシン"を阻止しなければならない。

そうしなければ、島国国民の未来はないのです。

                  <(_ _)>

(ふぅ〜 think

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